アミアン刑務所空襲
Operation Jericho

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刑務所正門横にある襲撃の記念碑
49 54 32 N 2 19 26 E


1944年2月18日午前11時前、雪の降る悪天候の中、ロンドンの北北東約30kmにあるハンスドン(Hunsdon)基地から、第464飛行中隊(オーストラリア)、第487飛行中隊(ニュージーランド)、第21飛行中隊(英)所属のモスキートFB Mk VI 計18機と、偵察隊のモスキートPR×1機の合計19機が離陸した。
攻撃隊長は487飛行中隊のピカー大佐。
この日は雪のみならず霧も出ており、3機は合流に失敗したり、エンジントラブルが発生したりで任務を放棄せざるを得ず引き返した。
護衛には174、198、245飛行中隊のタイフーン戦闘爆撃機が付く。護衛機とは英国南部のリトルハンプトン周辺で合流。

相変わらずの悪天候の中、モスキートとタイフーンは海面スレスレの低高度を一路フランスへと向かった。
編隊がフランス本土に入ると天候は幾分か回復した。
一面の雪景色を見下ろし、アミアン市街を北周りで迂回した編隊は、攻撃態勢を整える為3つのグループに分かれて集合し、アミアンの東北東の方角から、古代ローマ人が開設した一直線のアミアン〜アルベール道路に沿って地上5m以下の超低空飛行に移った。

攻撃目標はアミアン刑務所。軍事施設にはおおよそ見えない刑務所という施設が何故爆撃目標になるのか?
実はここにはフランスレジスタンスのメンバーが捕らえられており、処刑が予定されている者、オーバーロード作戦(ノルマンディー上陸作戦)の情報を持つ者も捕らえられていたのだ。
攻撃はフランスレジスタンスの要請によるものだった。何とか勇敢な同志を助けて欲しい。どうせ処刑される身、空襲で死んでもしょうがない。
空襲と同時に地上でもレジスタンスが行動を起こし、脱獄した仲間を連れ出してかくまう予定だ。
看守は昼食時に控えの建物に集まることが判っている。昼時を狙い看守や警備を出来るだけ無力化する。

上空400〜500フィートを観測の偵察型モスキートが旋回する中、攻撃は12時3分に始まった。
第一波は487中隊。
まず3機が東側の壁に向かってまっしぐらに突進し、爆弾12発を投下して壁スレス
レに離脱。
爆弾には11秒の遅延信管が付けられている。
爆弾は東の壁に命中したのものあれば、オーバーシュートして西の壁に当たるもの、更に外れて北の空き地に落ちるものがあった。
これとほぼ同時に別の2機が今度は北から南に飛び去りつつ、これまた北の壁をギリギリにかわしながら爆弾を投下した。
この時点で壁の破壊は確認出来ていないが、既に壁が崩れていた、あるいは弱く
なっていたのかもしれない。
12時6分に今度は第二波の464飛行隊が攻撃を開始。高度50フィートから東の壁に爆弾を投下し、ぼほ同時に高度100フィートから建物自体に攻撃を行う。
この攻撃中に464飛行隊マックリッチー少佐機が対空砲火に当たり墜落、爆撃手は戦死し、パイロットは捕虜になった。
上空を旋回する偵察型モスキートからは、これまでの攻撃で北側の壁が一部崩れ、建物本体も西側を中心に損傷が確認出来たとの報告が入る。
中庭に何人か人が出ており、既に壁の外へ脱出した人も見える。
この成果により、偵察機と、攻撃隊長から、21中隊に対して攻撃を中止する様無線連絡が入った。攻撃は成功した。
この連絡を入れた直後、攻撃隊長のピカードは帰投しようとした所をドイツ空軍JG26所属フォッケウルフFw-190の攻撃を受け、撃墜されてしまった。

結局予備の21中隊は攻撃を行わず、攻撃隊は午後1時には基地に帰投した。
モスキート2機は現地で失われ、2機は英本土にたどり着いたものの不時着。他にはタイフーン2機の損失。

712人の囚人の内、102名が死亡、74人が負傷して入院、258人は脱獄に成功した。
脱獄者の中には50人のレジスタンスメンバーが含まれ、内12人は処刑予定者であった。

まるで冒険小説そのままのような実話である。
ただし、折角脱獄した者の内、約2/3は後日捕まってしまう。

映画「モスキート爆撃隊」は明らかにこの作戦をモデルにしている。
(というよりも、実話のほうが面白い)
モスキート爆撃隊は多くの場面を「633爆撃隊」で余ったフィルムから流用しており、一部のシーンは全く同じものを共用していたりする。Bf-109役で登場するBf-108も共通。無論、モスキート爆撃隊の為に新たに録り直したシーンもある。一方で、モスキート爆撃隊の冒頭V-1発射シーンは「クロスボー作戦」の流用ではないか?チラッと有人型も見えるし。
中学生〜高校生の頃、モスキート爆撃隊はTV放映で何度も見たが、633爆撃隊の方は見た記憶が無い。
世間では633爆撃隊が王道の戦争映画、モスキート爆撃隊はB級という認識で、後者の方が放映料が安かったのだろうか?
確かにモスキート爆撃隊、爆弾がポンポンと地面を跳ねるフィクションはいい加減にしろよ、と言いたくなる。V-2に続いてV-3&V-4ロケットと訳の判らない台詞も。シャーマンにマズルブレーキを付けたドイツ戦車もB級プンプン。
ついでに字幕にケチを付けると、1時間18分35秒あたりで"We're down to two shots"(残るは2発)を"2機撃墜したが"と訳しているのは間違い。敵機は1機だけ。
しかし今回、2本を立て続けに見てみると、ラストが悲惨な633爆撃隊よりはモスキート爆撃隊の方がまだ面白い、と思ってしまう。
モスキート爆撃隊の方も4輪装甲車Sd Kfz222もどきも頑張っているし。
ただ、両方の映画共に、生きているモスキート爆撃機の実写が見られる、という以外、あまり好きな映画ではない。双方とも恋愛ストーリーが余りにもチープだし。

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ロンドン郊外の英空軍博物館に展示されているモスキート爆撃機。
残念ながらアミアン空襲に使われたFB Mk IVでは無い。

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アミアン〜アルベールを結ぶ直線道路をアミアン方向に向かって見る。
この道路沿いにモスキートは超低空飛行して、アミアンの刑務所を目指した。

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後ろがアミアン市中心部、前方がアルベール。刑務所は左奥に見える。
周囲の建物は当時の航空写真に写っているときのままだ。

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刑務所の南(正門側)と東の壁。当時の刑務所の建物は完全に建て直された様だ。





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