ふ号 風船爆弾
Fire Baloon



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風船爆弾の模型。実物は気球部直径10m。
左下に見えるのは空襲を受けて曲がった浅草国際劇場の鉄骨。浅草国際劇場は風船爆弾工場の一つで、天井が高いので気球の漏れが無いか確認した。
江戸東京博物館にて。



最優秀民族であるドイツ人がその持てる科学技術を集結して製作し、ロンドンに向け海峡を越えて発射した弾道ミサイルV-2.

それとほぼ同じ頃、V-2をはるかに凌ぐ航続距離を持ち、コストパフォーマンスに優れ、本体は天然素材で作られていて燃料レス、という今流行のエコとロハスを先取りした、地球にやさしい元祖大陸間弾道兵器を実用化していた国があった。

それは日本、そしてその究極の兵器とは....フ号兵器。判りやすく言うと風船爆弾。

物資が極度に不足していた戦時下の日本。欲しがりません、勝つまでは!っちゅーか、無いものは無い。ウチもV-1やV-2をアメリカに送りたいけどそんな技術も物資も無い。
忠犬ハチ公の銅像も軍事物資に、ということで溶かされてしまった。
大丈夫か、大日本帝国?

いやまてよ、日本には伝統的な和紙がある。これ結構丈夫。これに水素かヘリウム入れてジェット気流に乗せてアメリカまで行って....でも和紙じゃあ空気もれちゃうよな....和紙をコンニャクでコーティングすれば風船完成こりゃ安上がり。

気球みたいに枝でカゴ作って爆弾乗せて、アメリカ行ったらシェラネバダかロッキー山脈の手前で落ちるようにすれば山火事の一つや二つはおこってアメ公大パニック!うひひ....

いや、そんな軽薄な感じではなく、恐らく大真面目に計画して設計したのだろう。
真面目に風船爆弾というのがかえって涙を誘う。

元々海軍が潜水艦から放つ予定だった風船爆弾、戦局の悪化と共にこれは諦め、計画は陸軍が引き継ぎ、陸上から放つことになった。千葉、茨城の海岸近くから、1944年11月〜1945年3月にかけて9000発を放った。目的地アメリカ合衆国本土。

ドイツのV-2ロケットがやがてアポロ計画に発展し人類を月に送り込んだ様に、風船爆弾もまた50年以上経ってから「偏西風でアメリカに渡り、鳴き砂の魅力を伝えて保護を訴える」という大きな夢を乗せた気球に発展した。平和が一番!今度の気球はコンニャクコーティングじゃなかったらしい。ただし月に降り立ったニールアームストロングと違って、風船おじさんは小さな一歩のまま途中で行方不明になってしまったが....

おっと、自虐的になってしまった。いかん。ナチスに最優秀民族と煽てられたドイツ人の科学者は確かに優秀だったのかもしれないが、今のドイツ人には優秀の影も形も無い。おベンツはアラーム誤動作するし、フォルクスワーゲンの窓ガラスは落ちる。現代の日本車の何と優秀なことか。

世の中、バカは確かにいる。第二次世界大戦中の日本は、国民全体がバカになる方向に突っ走っていて、しかも誰もそれに気づかないという恐ろしい時代だった。
一方で、今も昔もバカな人はいる。アメリカ人である。
アメリカという国、一部の優秀な人が大多数のバカを搾取するという構図が出来上がっており、平均的なアメリカ人は間違いなくおバカである。

風船爆弾に話を戻そう。
風船爆弾は9000発あまりが放たれ、その内の1割程度がアメリカ本土に到達したらしい。
アメリカ本土と言っても広いが、実際風船爆弾はカナダ、合衆国、メキシコとかなり広範囲に散らばった。

それだけ広い所にばら撒かれるのだから風船爆弾の効果も知れている。運良く大陸にたどりついても、無人の荒野に落ちて終わり、が大部分だったらしい。

しかし、オレゴン州の森の中に落ちて木の枝に引っかかった1発の風船不発爆弾だけは違っていた。

この爆弾はピクニックに来ていた家族連れに発見された。

その家族は少し前にアメリカの観測気球が落ちたのを当局に届け出て感謝されていたので、今回も気球を持っていけばお礼の一つもある、と思ったのだろう。

一家総出で風船を引き摺り下ろして麓まで引きずっていこうとしたその時......

死者6人。無くなったのは気の毒だが、やはりアメリカ人っておバカ。風船爆弾によるアメリカ側の犠牲者は勿論これだけ。

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風船爆弾を打ち上げていた気球連隊の格納庫。
35 37 48 N 140 7 3 E

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風船爆弾打ち上げ準備中の爆発事故で犠牲になった人たちの鎮魂碑
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直径16m程の、コンクリート製 風船爆弾放球台
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風船爆弾放流地跡を示す記念碑。
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