ドイツ本土空襲
Bombing of 3rd Reigh

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「第三帝国領空を飛ぶ敵機はいない」ゲーリングのスピーチを皮肉としてノーズに描いて、ドイツ領空襲ミッション137回を行ったアブロランカスターBI型爆撃機「シュガーのS」 PO◎S
運用はオーストラリア空軍(RAAF)が行っていた。
出撃回数の多さからスクラップを免れ、ヘンドンのイギリス空軍博物館の常設展示となった。


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オーストラリア・パース近郊の港町、フリーマントルに建つ、同市出身のヒュージー エドワーズ中佐の像。
当初オーストラリア陸軍に入隊したが飛行士に選抜され、オーストラリア空軍に転籍した後、英空軍に移った。
1941年7月4日、105飛行隊の12機のブレニム爆撃機編隊を指揮し、高度50フィートの低空で阻塞気球を潜り抜け、対空砲火で4機を失いながらもブレーメン港を爆撃、この功績により英連邦最高のヴィクトリア勲章を受勲。
戦後はWA(西オーストラリア)州知事となった。
32 03 13 S 115 44 55 E

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ヒュージー エドワーズ中佐がブレーメン爆撃に使ったのと同型のブレニムW型爆撃機。
操縦士の視界確保の為、爆撃手(航法士を兼ねる)が寝そべる機首先端スペースの上部窓が左右非対称になっている。
ブリュッセルの王立軍事歴史博物館にて。

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爆撃を受けたハノーファーの模型
右の大きな教会がマルクト教会で14世紀建造、1943年の空襲で屋根と尖塔頂部が失われ、1952年に修復。
画面左上にはクロイツ教会が見える。こちらも14世紀建造。同じく1943年に空襲でダメージを受け、1959-61年の間に修復された。
ハノーファー市庁舎内の展示。

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市庁舎から見た、現在のハノーファー市の様子。
上の模型の写真と比べると、殆どの建物が被害を受けているので元通りに修復し、一部は戦後の建築様式で建てているという、典型的なドイツの都市の再建発展パターン。
緑色のドームの建物は戦前も現在もマスコミ・出版社が入っているアンツァイガーホフハウスで1927-1928年建造。
このビルは丈夫な構造が幸いし無事だった。
52 22 24 N 9 43 57 E (クロイツ教会)
52 22 18 N 9 44 06 E (マルクト教会)
52 22 37 N 9 43 54 E (アンツァイガーホフハウス)

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1943年の爆撃により屋根が崩れてしまい、瓦礫は撤去したものの廃墟の状態で保存されているエギディエン教会。
こちらも14世紀の建造で、マルクト教会、クロイツ教会、エギディエン教会の3つがハノーファーの古3教会。
52 22 10 N 9 44 22 E

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ハンブルグの聖ニコラス教会。
12世紀に木造のチャペルがこの地に作られ、14世紀にはレンガによるゴシック様式の教会となった。
その後増改築、事故による部分破壊を繰り返していたが1842年5月の大火で崩壊、すぐに再建計画がスタートし、1874年に完成。当時、147.3mの尖塔は世界一高い建物だった(今でもテレビ塔に次いでハンブルグでは2番目に高い)。
1943年7月28日の連合軍空襲により屋根が焼け落ちたが、尖塔は今も残る。
53 32 15 N 9 59 26 E

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ドイツ首都ベルリンにある旧アンハルター駅入口。
大戦中はユダヤ人の多くがこの駅からチェコ経由で強制収容所に送られた。
爆撃により地上駅は破壊され、現在は入口部分がモニュメントとして残りライトアップされている。
52 30 11 N 13 22 55 E

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世界遺産に登録されているケルン大聖堂。
周囲の殆どの建物が空襲で破壊された中、大聖堂だけは破壊を免れた。
建物の外周は聖人の像をはじめ、様々な装飾に飾られており、壮大な建物や装飾に気を取られるのが普通なのだが、「戦跡」という目で見ながら外を一周すると、外壁のありとあらゆる箇所に爆発の破片や銃弾で出来たと思われる傷を見ることが出来る。
ケルン大聖堂の周りでは空襲のみならず市街戦もあったので、破損箇所は航空攻撃のみならず銃撃の流れ弾もあったと思われる。
50 56 29 N 6 57 30 E

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ビーレフェルト鉄道橋。アーチ構造の強固な橋で、複々線により2本の橋が並行にかかっている。
何度も爆撃を受け、3000トンもの通常爆弾が橋近辺に落下したが全く歯が立たなかった。
1945年3月14日、617飛行隊「ダムバスターズ」のランカスター爆撃機が22000ポンド(10トン)爆弾「グランドスラム」を投下し、ついに2本の橋を共に破壊することが出来た。
東側の橋は旅客列車が使用。アーチ部は薄茶色のレンガで覆われている。
本来は手前から奥まで橋全長に渡りアーチ構造で構成されていたが、破壊箇所を修理する際コンクリート構造となったのでオリジナル部分と中央の新造部分とで外観が大きく異なる。

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西側の橋は白っぽい石材で出来ており、貨物列車用の複線構造。
こちらもオリジナルはアーチ、修復部分はコンクリート支柱の構造。
52 3 17 N 8 34 12 E

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1945年2月13日から2月15日にかけての英空軍、米陸軍航空隊による空襲で壊滅的な打撃を受けたドレスデン。
当時、東方でのソ連軍の進撃から逃れてきた難民も数多くおり、更に戦中戦後のプロパガンダ合戦の為、正確な犠牲者数は判っていない。
軍需産業など無かったこの町の爆撃正当性は未だに議論になる。
職場で一緒だったドイツ人と話をしたときにはやはり「あれは不必要な犠牲だった」というニュアンスの話をしていた。
写真は有名なドレスデンのクリスマス市で撮影。バックで青くライトアップされているのは撮影時、修復が終わったばかりのフラウエン教会。
51 03 07 N 13 44 29 E

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ドレスデン城の塔は破壊され、再建されたもの。
51 03 10 N 13 44 13 E

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ドレスデンの歌劇場 ゼンパーオーパーは爆撃で外壁を残して破壊され、修復されたのはキッチリ40年後の1985年2月13日であった。
51 03 16 N 13 44 07 E
左はドレスデン城。
この写真撮影当時、ドレスデンは世界遺産登録されていたが、その後橋の建設で景観が損なわれたとして世界遺産登録抹消された。

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アメリカ陸軍航空隊の爆撃機クルー
オランダのディーレン飛行場の博物館にて。

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長い航続距離を生かしてドイツ奥深くまで侵入爆撃したB-24爆撃機。
シャッター式カバーの爆弾槽、引き込み式胴体下部ボール銃座、外に折りたたむ車輪、当時はまだ少なかった機首の車輪、2枚の巨大な垂直尾翼などB-17とは顕著に異なる設計。
塗装は竜を胴体全面に描いたDragon and his Tailを再現しているが、これは太平洋戦線のもの。
アメリカのイベントで撮影。

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オーストリアアルプスのアクサマーリツムにて。冬はスキー、夏はハイキング。
近辺で墜落したB-24の残骸(脚、エンジン周りの部品?)が岩の上に展示されている。
1944年6月9日、172機の護衛戦闘機に護られたアメリカ空軍の爆撃機500機が、南イタリアを発進し、ドイツのミュンヘンに向かって飛行した。
北イタリア上空でドイツ空軍のメッサーシュミットMe109 2機に襲撃され、米軍機2機が撃墜された。
内1機はヒュー ホワイト中尉のB-24で、右エンジンに被弾した為中立国スイスに向かう様試みた。
重量軽減の為、荷物武装を投棄したものの、オーストリア(当時ドイツに併合)のインスブルック上空で対空砲が命中、クルーはパラシュートで脱出し、全員捕虜となった。
機体は山麓に墜落し広範囲に残骸が散乱した。
47 11 24 N 11 18 13 E

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中型爆撃機として活躍したB-25爆撃機。アメリカの航空ショーで撮影。

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イギリスダックスフォード博物館のアメリカ館で展示されているB-17G爆撃機。
塗装はオリジナルのものではなく、何度も被弾しながら98回のミッションを終えた後スクラップになった「マリーアリス」を再現している。

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アメリカの航空ショーで飛行中の、無塗装ジュラルミン肌が眩しいB-17G。

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B-17Gの機内。胴体後部側面銃座は、左右の射手同士が干渉しない様、右舷は前、左舷は後ろにズレて配備されていた。後方の球体は下方の敵を担当するボール銃座。一番危なそうなポジションだが、背後に厚い防弾があるおかげで実は一番生存率が高かった。
アリゾナのピーマ航空博物館にて。

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オーストラリア戦争記念館に展示されているランカスターBI爆撃機 ジョージのG AR◎G。
爆弾槽下にあるのはHC Mk.W 爆弾
1942年から1944年まで、オーストラリア空軍460飛行隊として、英国の基地から出撃した。
90回のミッションを終えた後、戦争資金集めの為オーストラリアに渡った。
エアフィックス社の1/72プラモがこの機体のデカール付。有名なボックスアートの4番エンジン火災着陸はフィクション。

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パース近郊の航空博物館に展示されているランカスターBVIIFE爆撃機。
FEは本来太平洋戦線向けの機体で、第二次世界大戦には参加せず、戦後フランス海軍で哨戒任務に就いた。
塗装はオリジナル機のものではなく、オーストラリア空軍第463飛行隊で93回の出撃をしたJO◎Dを再現している。

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ハンドレーページハリファックス爆撃機の後部胴体。塗装は多分オリジナル。
オランダのディーレン飛行場の博物館にて。

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ランカスター、ハリファックスと並んで英空軍4発爆撃機トリオ、ショートスターリング爆撃機。3機首の中では爆弾搭載量や高々度性能不足により1944年には爆撃任務から外れ、グライダー曳航等の任務に就いた。
完全な実機が残っていないのでやせめて椅子だけでも。
オランダのディーレン飛行場の博物館にて。

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アームストロングウィズワース ホイットレー双発爆撃機の胴体。大戦開始時既に時代遅れで、1942年末には爆撃任務から外れた。
イギリスのミッドランド航空博物館の展示。

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タキシングするP-47戦闘機。爆撃機の護衛に、地上攻撃にと大活躍。
アメリカの航空ショーにて。

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実績、総合性能の点で文句無く第二次世界大戦中の最優秀戦闘機であるP-51ムスタング。
写真は最も生産されたD型。
ベルギーの航空ショーにて。

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同じくP-51ムスタング。
アメリカの航空ショーでの撮影。

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編隊離陸するP-51。
アメリカのリノ・エアレースでのアトラクション。

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撃墜された機体から脱出に成功し、ドイツ軍に捕まらずにオランダ人の家にかくまわれている米軍パイロット、という設定。
結局オランダの北半分は終戦まで開放されなかった。
オランダのディーレン飛行場の博物館にて。

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オランダのディーレン飛行場。大戦中はドイツ空軍戦闘機隊の基地だった。
現在もオランダ空軍の基地であるが、冷戦終結後常駐部隊は無く、ヘリの訓練程度にしか使われていない。
博物館の建物は大戦中から使われていたものらしい。

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ドイツ空軍のパイロット。
オランダのディーレン飛行場の博物館にて。

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迎撃するドイツ空軍の戦闘機たち。
まずは、オーストラリア戦争記念館のBf109G-6型。
何とこの機体、オリジナルの塗装のままという大変貴重なもの。渦巻き(現代のバードストライク対策ではなく高射砲除けのおまじない)を上書きしたらしいスピナの塗り分け、交換したのか色違いのカウリング下部カバー、エウラハウベ、これまた色違いのラダー、修理パッチの跡など見ていて飽きない。

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1979年に大阪のエキスポランドで公開された、プレーンズオブフェーム所有のBf109G-10/U4
エウラハウベ、なだらかなエンジンカウリング、幅広プロペラ、低圧タイヤ収納の大型長丸形バルジ、大型垂直尾翼など末期のBf-109の特徴を備える。

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こちらも大戦末期のBf109G-10型。
アメリカ空軍博物館にて。

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液冷式エンジンを搭載したFw190D-9。JG3ウーデットの所属機で、大戦末期に米軍に捕獲された。
アメリカ空軍博物館にて。

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2機しか現存しないBf110の内の1機。ロンドンの英国空軍博物館の展示機。夜間戦闘機のG型。

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ハインツ ヴォルフガング シュナウファー少佐の乗機Bf110G-4の右側垂直安定板。
彼は大戦を通してBf-110のみで戦い、164回の出撃で121機を撃墜した。
内訳はランカスター59機、ハリファックス26機、スターリング6機、ウェリントン6機、ホイットレー1機、機種不明4発爆撃機23機。
接近しての銃撃を得意とし、ある夜は14分間に5機を撃墜、また別の夜には17分間に7機を撃墜した。
西側連合軍相手ではマルセイユ、ベアに次いで3番目の撃墜王。
オーストラリア戦争記念館の展示物。

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精悍なジェット戦闘機Me262A-1a。
Me262系は世界初の実用ジェット軍用機で、敵機撃墜戦果500機以上とそれなりの成果はあった。
ドイツ博物館での展示。パネルを開けたり外板を一部カットして内部構造が見られるようにしてある。貴重な機体を切ってしまって勿体無い...と思ったものだが、実際に展示を見てみると立体物として構造が手に取るように判り実に面白い。

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Me262のユンカース ユモ 004 軸流ターボジェットエンジン。耐熱性の材料の入手難などから耐久性が悪く、通常12時間程度の運転で交換が必要となった。エンジンナセル内にスターターのガソリンエンジンが収められており、ここがカットされて中が見られる。

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ロンドンのイギリス空軍博物館にて、国民戦闘機(フォルクスイェーガー)He162A-2の展示。
数機の戦果があったとも言われるが...
ロンドンのイギリス空軍博物館にて。

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プレーンズオブフェーム所有のHe162A-2。BMW003軸流ターボジェットエンジンが見える。
大阪のエキスポランドで来日公開された時の撮影。

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ドイツ博物館の天井から吊り下げられているMe163 コメート ロケット戦闘機。主輪は離陸後投棄し(後に再利用)、着陸はソリで行う。この車輪の無い状態で展示されているのは珍しい。

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バッヘムBa349ナッター(レプリカ)。
エンジンはMe163と同じHWK 109-509ロケットエンジンを使った。
無線誘導・で上空の目標近くまで行き、目標に向かって機首のロケットを発射した後、パイロットはパラシュートで脱出、エンジンも再利用という末期的兵器。
数十機の生産、実戦に使う前に終戦、戦果なし。
プレーンズオブフェームの展示。

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Me163やBa349のロケットエンジンHWK 109-509。推力17KN
全備重量2.2トンのBa349だとこれだけでは垂直離陸出来ないので、補助ロケットエンジンSG34(推力4.9KN)をブースターとして4発付けた。
ドイツ空軍博物館にて。

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優秀な 88mm Flak 36 高射砲
フランスのソミュール戦車博物館の展示。

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ヴルツブルグ リーゼ レーダー。理想状態で80kmの飛行機を探知。
1942年に導入、敵機の探知追跡と味方の迎撃誘導のペアで運用された。
イギリス 帝国戦争博物館ダックスフォードの屋外展示。

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デュッセルドルフにある防空壕。
ドイツに住んでいた当時、自宅から買い物に行く途中何度も見かけていたのだが何の建物か判らず、小さな窓(実際には窓ではない)、堅牢そうな作り、それとなく反戦・反核のメッセージが読み取れる壁画などからひょっとして防空壕かと思ったが結局判らず。
最近になって建物取り壊し云々のニュースをネットで見かけて防空壕であることを確認出来た。
51 12N 6 46 29E

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同じ防空壕を裏側から。こちらから見ると防空壕らしい。

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ベルリンにある防空壕グルーゼルカビネット。中は防空壕の説明、お化け屋敷、オカルト系展示など。
52 30 10 N 13 22 49 E

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防空壕内部。厚いコンクリート壁に仕切られた無機質な部屋が並ぶ。

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アーヘンにある防空壕。
壁には銃弾の跡が見えるが、恐らく市街戦によるもの。
50 46 56 N 6 05 09 E

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アーヘンの中古車屋の敷地内にある防空壕。かなり破壊されている。
50 46 36 N 6 06 44 E

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こちらもアーヘンにある防空壕。銃撃、砲撃と思われる破損が多数見られる。角の出っ張りは対空機銃を配置した場所か。
現在はコンサートホールとして使われている。その名もミュージークブンカーアーヘン。
50 46 02 N 6 06 13 E

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アーヘンは防空壕の宝庫。
50 46 03 N 6 04 27 E

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上と同じ防空壕の右側。
恐らく市街戦の時に出来たと思われる弾痕が見える。

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デュッセルドルフ市旧市街の住宅下に残っている地下防空壕への入口。
入口周りには平和を願う展示、防空壕内部はナチスに抵抗した人々に関する展示が並ぶ。
51 13 38 N 6 46 26 E
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防空壕内部。

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刃物の町、ゾーリンゲンにて。有名ブランド・ツヴァイリングでお馴染み、ヘンケルス社工場に隣接して立っているウィンケルツルム(Winkeltrum)と呼ばれる竹の子形の防空壕。
爆弾の直撃に耐えるようこのような形になっている。
内部は六階程度の螺旋状の床になっているらしい。
51 09 37 N 7 04 49 E
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入口詳細。セメントでモールドされたプレートから、ヘンケル社の防空壕というのが判る。

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こちらもヴィンケルツルム。何と豪快に、周りに建物を作ったので建物の屋上から飛び出して見える。
近辺の場所を関税処理の関係で仕事で訪問し、同行したドイツ人にヴィンケルツルムを指して「あれ何か知ってる?」と聞いたら「知らない」。
まぁそうだろうな。
51 12 39 N 6 49 26 E

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木が生えて何だかよく判らなくなってきているヴィンケルツルム。こちらもデュッセルドルフの工業団地内。
51 13 25 N 6 49 08 E

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こちらもヴィンケルツルムだが多少形が異なる。
51 10 09 N 7 04 51 E
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一人用防空壕。工場の警備員などが避難した。 ジンスハイムの博物館にて。

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こちらも一人用防空壕。ヴァルトロップのボートリフト近辺が空襲目標となりやすい為のものだろうか。
51 37 04 N 7 19 47 E

ドイツ本土空襲を扱った映画として、まずは古典的名作「頭上の敵機」(1949)
昼間精密爆撃に向かう隊員のストレスが伝わってくる。
白黒映画なので当時の記録フィルムを混ぜて構成してある。

1944年の「メンフィスベル」は、大戦中に作られたウィリアムワイラー監督のドキュメンタリーカラー映画。
ついつい襲い掛かるドイツ機に目が行ってしまう。

同じタイトルで1990年に作られた「メンフィスベル」は、青春映画を狙って作られたのか、映画としての脚色が酷すぎる。
世間でCGが使い物になる直前の作品なので、実機撮影はともかく模型も多用しており、この模型の画面合成がちょっと雑な感じで、余り好きになれない映画。

「戦略爆撃指令」(1948)は、風と共に去りぬなどで有名なハリウッドスター、クラークゲーブルが主演するドラマ。戦場のシーンは無く、離着陸するB-17(一部は模型。これがチャチ)以外は司令室でのドラマに始終する。現実離れした損害と合わせて、ちょっと感情移入しにくい。

「戦う翼」(1962)原題War Loverはスティーブマックインが、優秀だがクセのあるパイロットを演じている。これも話についていきにくい。そもそもロマンスのある戦争映画は面白くない。B-17の超低空パスが大迫力。

「スローターハウス5」(1972)は正直、私には難解すぎるSF映画。こういうの苦手。ドレスデン空襲(原作者の体験らしい)の場面だけ見てた。

そのドレスデン空襲を扱ったドイツ映画「ドレスデン 運命の日」(2006)。
何でドイツがこんな映画作るのか意味不明。
英国の操縦士をかくまうという話が現在将来のドイツにどうプラスに働くのか?

Red tails(レッドテイルス:2012年作品、日本未公開)はCGを多用した、アメリカ陸軍航空隊の黒人飛行隊の話。
第二次世界大戦中は黒人兵士は原則として前線に配備せず、輸送任務等に従事したが、黒人だけで構成された飛行隊があったのは事実。
この飛行隊が護衛する場合爆撃隊の損失が少なく、爆撃隊はレッドテイルズの護衛を指名したがった、というのも実話らしいが、同映画で語られるエピソードの殆どはフィクション。
飛行シーン・空中戦シーンはほぼ全てCGによるもので、Bf-109、Me-262など到底実機使用の撮影が期待できないような機種が登場するのは嬉しいが、飛行機の質感・重量感が感じられないのが残念。
黒人パイロットは「ジャスティス」にも登場した。

こうやって見てみると、ドイツ空襲を扱った映画で余り気に入ったものが無い。

他に直接空襲を扱ったものではないが、ドイツの捕虜になった連合軍パイロットを描いた映画として「大脱走」(1963)は忘れられない。空軍関係の捕虜はドイツ空軍が管理していた。

同様にアメリカのテレビドラマ「Hogan's Heros」(1965-71本国放映)も空軍関係の捕虜の話。
内容はコメディで、所長のクリンク大佐のゴマすりと、シュルツ軍曹の間抜けぶりが見もの。
ドイツ軍側の主要メンバーはドイツ系ユダヤ人の俳優が演じている。
日本でTV放送時は「0012/捕虜収容所」「OK捕虜収容所」という訳のわからないタイトルになっていた。
ちなみに舞台になる捕虜収容所はStarlag 13でこれは実在した。
ドラマでの捕虜収容所の場所はデュッセルドルフとハンメルベルグ双方の近郊、ということになっているが、実際には両市は300km以上離れている。
残念ながら日本でDVD等は出ていない。米国版は手に入る。
ちなみにホーガン大佐を演じた俳優・ドラマー・エンターテイナーのボブクレインは、Hogan's Heros放送終了後目だった活躍が無く、最後は謎の死を遂げる。これは「ボブクレイン 快楽を知ったスター」(2002)というノンフィクション(?)映画で描かれている。




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