アメリカ合衆国同時多発テロ
911

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1999年4月4日、ニューヨーク世界貿易センタービル(略してWTC、通称ツインタワーズ)の南塔の展望台より北方向を眺めて撮影。
左はハドソン川、右はイースト川。
この約2年半後の2001年9月11日、アメリカン航空11便(ボーイング767)がカッターナイフを持ったハイジャック犯に乗っ取られ、正面方向からこちらに向け飛行、南塔隣の北塔(写真には写っていないが左上)に08:46に突入。
09:05には今度はユナイテッド航空175便(ボーイング767)が南南西方向(写真後方)から南塔に突入。

写真の奥中央に見える高い尖塔付のビルが1931年に完成したエンパイヤーステートビル(443.2m)。
1933年の映画、初代キングコングが登るのがこちらのビル。迎撃するのはカーチスヘルダイバー(初代)。

1976年リメイクのキングコングは、今度はWTC(1973年完成、528m)に登る。そしてベルUH-1に撃ち落される。

WTC破壊消滅後の2005年に作られた再リメイクは初代に忠実で、キングコングは再びエンパイヤーステートビルに登り、ヘルダイバーと戦う。

また、エンパイヤーステートビルと世界貿易センタービルの共通点はもう一つあって、どちらも航空機に突っ込まれたことがある。
ただしエンパイヤーステートビルは事故で、B-25が霧で視界を失いビルに衝突した。
この時は航空機の燃料が着陸間際で少なかったことも幸いし、ビルは倒壊を免れた。
この事件は「空が堕ちてくる」というノンフィクションで出版されており、これを読んで高校夏休みの読書感想文を出したおバカは私です。


WTC突入など当日発生した同時多発ハイジャックはいずれもカッターナイフで乗員を脅したものといわれています。
確かに当時、カッターナイフはいとも簡単にアメリカの空港を発着する航空機に持ち込めていました。
以下の文章は2001年末に書いて、別サイトに掲載していたものです。

カッターナイフ持込み事件

2000年3月 オレンジカウンティー(カリフォルニア州)〜サンノゼ(カリフォルニア州)間片道

私の会社で扱う製品の在庫を改造することになった。
ディズニーランド近くのオレンジカウンティ空港に飛び、会社の倉庫で梱包を空け、改造を施して封を閉じる、という作業を実施。
作業を終えて空港に向かう。
持参していた工具箱は「当然」機内に持ち込めないという「一般常識」から、面倒だけど荷物室預けにする。
手荷物・身体検査がちょっと混んでいる。前の人が金属探知機の出口で財布でもポケットに入れているのか、ちょっとモタモタしている。
別に僕は急いでいるわけではないが、前の人を避けるように体を横にカニ歩きにしながら、金属探知を通り抜けた。
何も鳴らない。無事セキュリティをパス。
飛行機に乗り込む。間もなく離陸する。毎度ながらサウスウェスト航空は早い。
機内で自分ズボンのポケットに何やら見に覚えのないものがあるのを発見。「えっ、何じゃコリャ?」
梱包を空けるときに使ったカッターナイフだった。ポケットに入れたままで、工具箱に戻し忘れていたのだ。
もう遅い。持ち込んでしまったものはしょうがない。
これでハイジャックしてハワイでも行って遊ぶか、なんて馬鹿な事を冗談で考える(燃料足りないか)。カッターでハイジャックなんて可能だろうか?自分ひとりだったらすぐに取り押さえられてオシマイだ。でも凶器になることは確かだ。数人がカッターを持って組織的に行動すれば....
何で金属探知機に引っ掛からなかったのか?未だによくわからない。体を斜めにしていた為?たまたま私の通った金属感知機の感度が低くなっていた?
カッターナイフは大型のもので、刃渡り10cmある。鍵などは検知されるので、このカッターが検知されない訳は無い、また、されないと困るのだが....
改造作業で疲れていてハイジャックする気力も無く(当たり前だ!)、これ以上考えてもしょうがないのでカッターをポケットに入れたままサンノゼに着くまで短い眠りについた。



工具箱、OK?

2001年6月 サンノゼ(カリフォルニア州)〜オースチン(テキサス州)間片道

今度はテキサスへの出張。
テキサスは肉が旨い。(肉しか旨くない、という意見もある)食うぞ〜
またまた工具箱持参での出張。
工具は機内に持ち込めない、これ常識だと思っていた。
チェックインのカウンターに並ぼう、と見ると、ものすご〜い行列。これって、ひょっとして間に合わないんじゃあ?ヤベ!
どうしよう?頭がパニックになった。肉が食えん!(肉が第一、仕事二の次、てか。)
チェックインカウンターじゃあなくて出発ゲートのカウンターに行って、預かってもらえるかな?(本当は原則ここでは手荷物は預からないが)と考える。
とりあえず出発ゲートまで行けば....でも考えて見れば手荷物検査で絶対ダメか。よし、手荷物検査のところで交渉して、航空会社の人に預かってもらうか何かしよう....
手荷物検査に並ぶ。工具箱(預ける前提で持ってきたので、剥き出しではなく、他のもの数点と共にダンボールに入れてある)をX線検査装置に通して自分は金属探知機を通る。自分はもちろんパス。工具箱は絶対なにか言われるな、と覚悟しているので「英語で状況説明できる心の準備」をする。
工具箱がX線検査装置から出てきて自分の目の前までベルトコンベアでスルスルと運ばれてきた。係員は何も言わない。
ということは持ち込んでいい、ということ。
「えっ、マジ?」
一瞬信じられなかった。
今までに何度も、工具箱と共に出張したが、その度に工具箱は預けていた。
預ける度に、「紛失はともかく、破損に関して航空会社は責任を負いかねます」という誓約書を読まされ、サインさせられた。
あの苦労と時間のロスは何だったのだろう?

ちなみに私の工具箱の中身は
六角レンチ
ソケットレンチ
+ドライバ大、小
長めの+ドライバ(これは先が細く、全日空ハイジャックに使ったアイスピック同様充分凶器になるとおもうが)
−ドライバ大(これも先端を研いで尖らせれば充分凶器になる)
ペンチ
ニッパー
カッター(以前、不本意ながら機内に持ち込んでしまった刃渡り10cmのもの)
携帯型電圧テスター
ソケットレンチの延長棒
電線類
等が入っています。

目的地に着いて、アメリカ人のセールスマンが出迎えてくれた。
工具箱を機内持込み(Carry On)に出来た、と言ったら驚いていた。やっぱり工具箱を持ち込めたのはおかしい。
帰りはやはり安全をみて預けようかと思ったが、荷物を預けない手軽さに味を占めてしまったので、セールスマンに「悪いけど僕の事務所まで宅配便で送っといて。住所はコレね。」
ちょっとワガママ王子様の気分。
手ぶらで身軽&気楽になった王子様はエコノミークラスでサンノゼに帰りました、とさ。


何と、オシロスコープ - もはや何でもアリだ。

2001年7月 サンノゼ(カリフォルニア州)〜ポートランド(オレゴン州)間往復

今回の出張は、工具箱は事務所でお留守番。
変わりに測定器具「オシロスコープ」が必要だ。
事前に出張先に宅急便で送りたいところだが、今回は時間的余裕が無いので持参することになった。
剥き出しでは運べないので、緩衝材にくるんで旅行かばんに詰める。
空港に向かう。この時までは、当然荷物室預けにしようと考えていた。
空港に着いて、考えが変わった。何せ前回、工具箱の持ち込みが許されていたのでオシロスコープもOKかな?と馬鹿な事を考える。
まあ、絶対無理だと思うけど、万一って事があるから、ダメならカウンターに並んで機内預けにするだけだ。今回は時間は充分ある。
X線検査装置を通す。な、な、何と、今回もパスだ。一言も言われない。信じられない。ここまで来ると、何の為に検査してるのか、何を探しているのか、と聞いてみたくなる。
思わず「本当にこれ持ち込んでいいの?」と聞きそうになった。
でも勿論そんな事をしてかえって面倒な事になり、「預け荷物無し」の特典を失うのはイヤなので何も言わない。
たまたまラッキーなのか、アメリカの保安体制が実は甘いのか.....
結局帰りも同様に持ち込めたので、「たまたまラッキー」では無かったらしい。
ただし帰りは、荷物を受け取ったあとに「何が入っているの?」と聞かれた。「オシロスコープで機能は....云々.... 中見ます?」と言ったら「結構です」だと。
いやはや恐ろしい。時限爆弾とオシロスコープ、本当に区別付くの???


という何でもアリの機内持ち込み状態。
同時多発テロの主犯はイスラム原理主義者だけど、それ以前に飛行機に乗っていた人の多くは間接的な加害者だ。
ハイジャック事件に至るまでの長い間、私が察するに、アメリカで飛行機に乗る人はとにかく荷物を預けずに機内持ち込みにしようとた。理由は様々、預けて回収するのが面倒、ギリギリに空港に来た、荷物を無くしたくない、オーバーブッキングで降りる人を募集する時応募して景品をもらいたい、などだろう。
そして、最初の内はセキュリティの人とのバトルが何度と無く繰り返され、その内にセキュリティ関係者も段々とまじめに対応しなくなったんだろうな、と思う。
多くのアメリカ人は間接的にテロに加担していた訳だ。アメリカ人ではない私も。




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