使われなかった要塞
Forts and Fortress

旧軍事施設であるものの、実戦を経験していないので戦跡には組み込んでいない要塞、堡塁、砲台、トーチカなどを紹介。
強力な防御に恐れをなして敵が攻めてこないのであれば、巨額の予算を投じて防御網を整備した投資価値はある、というもの。
会社の投資では常に上から「効果を見せろ」と言われるが、そう簡単に明確な効果が判るものではない。
要塞だって同じ事。要塞が活躍して攻め来る敵を撃破しました、というのならわかり易いが、実はそのような例は多くない。

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アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコ湾内のエンジェルアイランドにあるLedyard砲台。
1903年から1910年までの短期間、1900年式5インチライフル砲を2門並べて装備していた。
写真はその内の左側の砲台跡。
ミッションインポシブル/ゴーストプロトコルの核ミサイルとか、ザ ロックのVXガスとか、ゴジラとか、映画では何かと攻撃されるサンフランシスコですが、実際には至って平和な所。
37 51 23 N 122 26 30 W

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アメリカ合衆国フロリダ州南端、キーウェストにあるFort Zachary Taylor内のAdair砲台。南北戦争の要塞を拡充し、1904年〜1920年までの間、1898年式3インチ砲4門を装備した。残念ながら砲は全てスクラップにされてしまった。
24 32 52 N 81 48 38 W

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ニュージーランドのオークランド対岸にあるヴィクトリア砦。
オーストラリアの主要湾口防衛砲台同様、ロシアの南下に備えて19世紀末に設けられた。
36 49 36 S 174 47 56 E

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砲身本体は重さ13トン。設置の為に、87mの丘の上まで線路が敷かれ、蒸気式ウィンチで上げた。
砲は110ポンドの黒色火薬を用いて210ポンドの砲弾を撃てた。射程8km。
隠顕式で、発射ない時は写真の下がった状態。装填後、水と圧縮空気の力で砲身を持ち上げ、発射のリコイルにより砲身は再び降りてくる。
一度だけ試射したが近所の家のガラスにヒビが入り苦情が来た。

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地中海の、英領マルタ島を外敵(イタリアを想定)の艦船から守るために1886年に建設されたリネラ砦の砲。
アームストロング 前装ライフル砲 重量100トン、口径450mm 6km程度の射程をカバー。
砲は蒸気機関により射角調整と、砲腔清掃・火薬弾丸装填が出来るようになっていた。
この清掃装填システムは左右2組あり、更にバックアップで手動操作が出来るようになっていた。
1906年には砲が用廃になり、実戦では一度も使われていない。
要塞自体はその後倉庫として使われ、第二次世界大戦中は爆撃も受けたが1965年に軍籍から外れた。
35 53 40 N 14 31 57 E

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要塞を囲む乾堀。

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19世紀のイギリス植民地兵のデモンストレーション。

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マスケット銃の射撃デモンストレーション。燃焼の遅い黒色火薬なので火炎を簡単に撮影できる。

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前装砲の空砲射撃デモ。寄付をすると点火出来る。

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日本の要塞の殆どは実戦無経験。第二次世界大戦が終わるまでは民間人は近づけなかった。
戦後は眺めの良い場所であること、軍用道路が整備されていたことなどから公園や展望台として気楽に来られるスポットに変わった場所が多い。
その一方で、僻地すぎて藪に埋もれるままになっている所も多い。
ここ北九州市の手向山(たむけやま)公園も関門海峡防衛の為の元要塞。
1891年に大砲を設置。砲は24cm臼砲計6門。砲台からは関門海峡が直接見えないので、観測所を離れた場所に作った。写真は倉庫。

33 53 26 N 130 54 53 E

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手向山要塞の観測所。

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夜間侵入する敵艦を捕えるために設置された、手向山要塞の探照灯(サーチライト)があった台座。

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サーチライト台座のヘリには、方角の目安になる様、地名が書かれている。

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手向山要塞の探照灯に電力を供給する火力発電所跡。

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北九州市にある、富野保塁跡の倉庫群。いずれも塞がれてしまっている。
33 52 42 N 130 54 20 E

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関門海峡の山口県側、火の山砲台の第4砲台。現在周囲は公園になっている。
33 58 29 N 130 57 38 E

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小型砲の弾薬を格納していた第4砲台の第9号弾薬庫

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九州側の矢筈(やはず)山の、砲台跡。近辺はキャンプ場になっている。
33 54 54 N 130 57 05 E

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同じく矢筈山要塞の倉庫。

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大分県佐伯市の、豊予海峡を守る丹賀砲台の地下貯蔵庫への入口。
一般公開しており入場料200円と格安。
客は最初私だけ(後にもう1組登場)。経営大丈夫か?
明治の要塞とは武装も設備も異なるので、絶対に見る価値あり。
32 57 03 N 132 03 05 E

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地下(というか地上階から山にトンネルを掘ったもの)にある弾薬庫。

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船着場前の地上階から、動力室や水槽の置かれていた階まで一気に登る斜坑。
徒歩でもロープウェー式エレベータでも行ける。

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据え付けられていた設備を外した跡が残る主動力室

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砲塔が設置されていた巨大な穴を見下ろす。深さ11m、直径は10m程度。
ここに巡洋艦伊吹から取り外された30cm×2門(有効射程距離26km)の砲塔が納まっていた。
上から2段目の所に、旋回用のベアリングを取り付けていたと思われる穴が見える。
太平洋戦争勃発後の1942年1月11日、実射訓練をした所、弾丸が腔発し、砲塔が一瞬の内に破壊されて、要塞重砲兵連隊長を含む死者16名、負傷者28名を出す事故となった。
結局その後ここは使われず、近くの鶴御崎に砲台を作った。

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丹賀砲台が暴発事故で使えなくなったので、1942年9月、代わりに3.5km程南東の、現在の鶴御崎(大戦中当時は鶴見崎と言われていた)に砲台を作った。写真は観測所に上る階段。

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鶴御崎砲台の観測所跡。
32 56 07 N 132 04 47 E

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観測所内部

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1942年当初は観測所の近くに砲台があったが、空襲の激化に伴い1945年に灯台北側の崖に洞窟砲座を4箇所築き、45式15センチカノン砲を配した。
洞窟砲座の奥にはトンネルがあり、4箇所の洞窟を奥でつないでいた。
32 56 00 N 132 04 57 E

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左に見えるコンクリートの台座が士官用宿舎跡。
32 55 59 N 132 04 53 E

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海軍聴測隊の建物跡。現在はその上に灯台が設置されている。
32 55 57 N 132 04 58 E

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幕末1853年、ペリーの黒舟が浦賀に来航したのを期に、東京湾への外国船の侵入を防ぐ為に品川台場が作られた。
写真は現存する品川第六台場。
この台場には立ち入り出来ないので遊覧船・水上バス・レインボーブリッジ歩道などから眺めることになる。
35 38 01 N 139 45 59 E
後方に見える、球が串刺しになっている悪趣味なビルはフジテレビ。
右の赤い展望台は船の科学館(2016年現在改装中)。
現在は埋立地である一帯をお台場と呼んでいる。しかし、なんで「お」台場と敬語なのだ?

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こちらは公園として整備されている、品川第三台場。元々は人工島だが現在は本土とつながっている。
船着場桟橋は後世に延長されたものとのこと。
35 38 01 N 139 46 19 E
品川台場は第一〜第七台場の7つの人工島と、沿岸の御殿山下台場から成るが、現存するのは東京都の史跡に指定されている第三、第六のみで、他は周囲を埋め立てられたり、洋上交通の邪魔なので撤去されたりしてしまった。

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猿の居ない島、猿島は、江戸時代から台場として使われていた。
写真は明治時代に築かれた要塞の倉庫。
35 17 11 N 139 41 39 E

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2箇所確認できる砲座の内の一つ。
第一砲台が27cm加農砲2砲座2門、第二砲台が24cm加農砲4砲座4門とのことだが、これはどっち?

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トンネルも出入り口は水上からは見えないように配置されている。

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カリブ海にあるハイチのラバディーにて。他のクルーズ客が海だ!土産だ!とバカンス全開の中、沿岸砲を見つけて喜んでいるおバカな日本人1名。ただこれ、置き方が違う様な....
19 47 15 N 72 14 53 W

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タヒチのパペーテ港前に置かれている大砲。詳細不明。こんな孤島の島、攻めて来る奴はいないよ、と思ったら、第一次世界大戦中にドイツ海軍がパペーテの町を砲撃してかなりのダメージを与えたらしい。
だからこれは実戦で応戦していたのかもしれないのだが。
2門の砲の間でエラそうにしているのはルイ アントワーヌ ド ブーガンヴィルというやたら長い名前のおじさん。1768年に世界一周の船旅の途中で立ち寄ったらしい。時代が違うのでこの人に聞いても大砲については何も知らないだろう。

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永久中立国スイスのトーチカ。インターラーケンの空軍基地防衛のためのものか。銃眼が塞がれて用廃になっている模様。トーチカに立てこもって敵を迎え撃って、って時代じゃないし。





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